i2i無料WEBパーツ
くも膜下出血から脳梗塞へ そのとき家族は 家族 忍者ブログ
2008年8月母が突然くも膜下出血で倒れました。その後脳梗塞になり、遠く離れた息子の私と妹、 そして母と暮していた父、そしておばさんまで。家族と母の闘病記録を記していきます。
google ads
最新トラックバック
最新コメント
[10/07 sono]
[05/30 田中諒平]
バーコード
お問い合わせはこちら
[1]  [2
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


他の方の闘病体験

9月17日(水)(28日目)
昨日、妹に電話したら母のこと、父のことでかなり疲れが出てるのであろう、父とかなり喧嘩したようで、もうしばらく実家には戻らず直接一人で病院に行って父には合わないようにする。父の食事の用意ももうしないと言う。。。妹は毎朝2時間かけて実家まで行き父の夕食を作りそれから父と一緒に病院に行き病院での時間はいつも1時間弱で再び家に帰るという毎日を続けてくれている。

その後父にも電話し妹は父ちゃんのこと心配してるし毎日大変な思いして自分の家のこと母のこと父のことをしてるし、父の体調のことも心配してるんだから分ってやらないと駄目だと言っておいた。それと、毎日寝る前には電話してくれ、そして食事は偏りの無いようにみんなに心配を掛けない生活を送ってくれるように言っておいた。

どうも喧嘩の内容は妹も毎日チチの食事の準備も大変なので宅配の夕食を注文するように薦めたが、父が拒否したらしい。父は料理は出来ないのでラーメンか刺身ぐらいの夕食しか出来ない。それに毎日晩酌する。母にいつ何があるか分らないし、そのときは病院にすぐに駆けつけれるためにも今だけでも酒はやめてくれと頼んでいるのだが、こんな状況酒無しではとても駄目だと。。。つくづく私に似て意思の弱い父だと思う。

自分自身の家のことが、ほったらかしになっていたので、朝から心療内科に行こうと思っていたが家の周りの草刈をしてから母の病院に向かった、14時頃到着。父とおばさんが来てくれていた。母は便も垂れ流しのようで、その辺のことも考えるとかなり水頭症が進んでいることと思われる。おばさんの話によれば日に日に反応が鈍くなって言ってるということだ。確かに目もなかなか合わさないし、頷きもほとんど無く相手が何を言っているのか理解できてないようである。土曜日にCT検査をし水頭症と残りの動脈瘤の手術をどうするかめどを立てるようだ。まだ食事は取れず鼻から流動食が続いている。血液の値は正常値に近い状態まできているそうなので、体力のあるうちに手術を行い早くリハビリで少しでも前進させてやりたい。絶対また元気な姿になろうな、かあちゃん。
孫と一緒に旅行でも行きたいね!

私もころころ仕事に復帰したはいいが、なかなか集中できず、やはり社長に長く休んだのを色々根に持っていたようで風当たりが強くなり、かなり精神的にきつくなっていた。
PR

他の方の闘病体験

役に立った介護用品
プロフィール
HN:
クローバー
性別:
男性
自己紹介:
兵庫県の片田舎に家族4人で暮らしています。両親は私が生まれ育った大阪にいます。
2008年母がくも膜下出血で倒れたときからの闘病記録です。
↓クリックお願いします
にほんブログ村 介護ブログへ
にほんブログ村 病気ブログ 脳・神経・脊髄の病気へ
にほんブログ村 病気ブログへ
ブログ内検索
カウンター
RSS
カテゴリー一覧
最新情報をチェックする
下のボタンをクリックして当サイトのRSS情報を登録すると、自動的に最新情報がチェックできます。
  • はてなRSSに追加
  • My Yahoo!に追加
  • Googleに追加
  • livedoor Readerに追加
  • goo RSSリーダーに追加
  • exciteリーダー

Template by Crow's nest 忍者ブログ [PR]